道端にお堂と石仏と! [石仏]
たまに通るのですが、見過ごしてしまうお堂と石仏。
来るまでの散歩というか、ドライブの途中、思い切って立ち寄ってみました。
静かに石仏が立っておりました。
お堂は再建されたの見えて、、こじんまりしているが、回廊まで回されていました。
犬の散歩のかたわら、立ち寄るご婦人も見えました。
元禄の世よりたたずむ石仏! [石仏]
押延村の石仏
先日、NHKで、太閤検地のことが取り上げられておりました。
太閤検地の年貢の収貢率は、5公5民とか!
小田原の北条氏は、4公6民とか。
この石仏のたたずむ押延村の属する宍戸の庄一帯には、
石田三成の検地の入った形跡が見られないとのことです。
(歴史家の検証が必要かも?)
江戸時代の年貢は、近隣諸村より低く、3公7民と伝えられております。
土屋藩領は、5公5民だったようです。
遥か、霞ヶ浦の南岸の羽生村は、やはり3公7民で、
1昨年、興味があり立ち寄りましたところ、今でも豊かさが感じられました。
墓参の折には、寮と呼ばれた境内にあるこの石仏にお参りするようにしております。
おしのべの馬頭観世音塔 [石塔]

石塔には、馬頭観世音塔 慶應二寅年二月七日 菅谷某氏と書かれております。
ちなみに、慶応2年は、西暦1866年です。明治ご維新の2年前でございます。
何思う 石仏は? [石仏]

しばらくぶりて、滝前不動尊にお参りに行きました。
滝を背にして、石仏は、江戸の天明の昔から、
何を想っているのでしょう?
ロダンの考える人以上に、周囲の風景に溶け込んでいるのが、
いと”あはれ”に想われます。
彼岸後の田園風景! [自然]
彼岸が過ぎて、ここ北関東では、長雨が続いておりました。
今日、やっと晴れ間がのぞいたと言う感じです。
九州では、今でも真夏日で、孫がドルフィンポートの噴水に
遊んでいるという動画が届いております。
そうそう、鹿児島の谷山に、かのイーオンが開店したとか!

夏の入道雲を思わせる空


色づいた柿の葉


だいぶ進んだ、刈り入れ!
余談になりますが、昨日、新穀を買いました。
九州では、不作との報がありますが、
当地では、昨年より半俵で500円ほど安いようです。
中国地方生まれの娘婿殿が、
こちらの米を食べてから、よそのは食べられないといって、
今では、こちらから送るようになりました。
知り合いからも頼まれて、お米を送っているところです。
何でも、川面の米の食味を調べてもらったら、
かの有名な、南云々産のコシヒカリより上との判定が出たとのことでした。
彼岸会の法要とヒガンバナ [浄乗寺]





彼岸会の法要に出席させていただいたのですが、
ヒガンバナがあまりにもきれいに思えたので、
今日、改めてデジカメに収めに行ってきました。
お寺さんは、宍戸の古刹浄乗寺です。
銅造阿弥陀如来立像があります。
お参りするのにふさわしいお寺さんと思います。
東京東本願寺派海老根山慈光院浄乗寺です。
お彼岸の入りと石仏と! [石仏]
おしのべの石仏には、元禄五壬申年十月十九日 奉造立 十九夜念佛諸願成就
の銘が読み取れます。
約200百年前の方々はどんな考え方だったのでしょうか。

今年の彼岸入りにも、1人たたずんでおりました。

例年より開花が少々おそく感じられるヒガンバナ

心なしか、弱々しげな秋のモンシロチョウ

ゆく夏を惜しむかのごとき百日紅の花
彼岸の入りと石仏と! [石仏]
おしのべの石仏には、元禄五壬申年十月十九日 奉造立 十九夜念佛諸願成就
の銘が読み取れます。
約200百年前の方々はどんな考え方だったのでしょうか。

寺山の敷地の片隅に、たたずむ石仏

例年より開花の遅く感じられるヒガンバナ

心なしか弱々しげなモンシロチョウ

夏を惜しむかのごとく咲き誇る百日紅の紅い花
彼岸を前に、ヒガンバナと浄乗寺 [古寺・巡礼]





所要があり、お寺さんに行ってきました。
彼岸を前に、ほっとするような気候になっていました。
小2時間ほど、ご住職と話し込んで帰る段になって、車に乗り込みましたら、
桜の古木の根元に、ヒガンバナを見つけました。
お寺のたたずまいとヒガンバナをカメラに収めてみました。
まもなく彼岸入りですね!










